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薬害エイズ問題を巡って

旧『ゴー宣』時代に薬害エイズ事件を取り上げた事がきっかけで、「HIV訴訟を支える会」代表に就任し精力的に活動する。小林は積極的に朝まで生テレビなどのTV番組へ出演し、問題の重要性を訴えた。自らのネームバリューを生かそうと考え、広告塔であることを積極的、能動的に捉えていた。本編においても支援集会の告知をし、ほぼ同時期にオウムとのトラブルを抱えながらも画面露出は抑えることなくつづけていた。HIV薬害感染者としてカミングアウトした川田龍平を全面的に肯定。厚生省、製薬会社、国に対して対抗する案を本編で提案していた。

原告団勝訴後、運動に協力した学生ボランティアが、協力団体(共産党系)の影響で薬害問題に限定したボランティアではなく、永続的な薬害運動、そして「戦争責任追及」など無関係な問題にスライドさせられている事例を知り[2]学生が日常生活に戻らなくなる事を危惧し、作品内において「ボランティアの役目は終わった。後はプロフェッショナルの仕事であり、学生は日常へ復帰して、現場に出てプロの仕事をして、次の薬害を防げ!」と主張した。また左翼運動家を「弱者にたかるハイエナ」と批判した。しかし支える会からは「ボランティアの役目は永遠に終わらない、二度と悲劇が起こらないよう行政をボランティアの目から監視すべきだ」と批判された。

支える会との対立は、『新・ゴーマニズム宣言』14章[3]が掲載されたことから起こったため、「14章問題」と言われる。読者を切り捨ててでも自らの主張を貫く、小林よしのりの姿勢を印象付けた事件であった。ボランティアの中心となった学生は、14章が発表された時点から団体の人間からの批判に晒され、小林に対しては沈黙と批判で答えることとなる。その後、小林は学生と対話するが要領を得ず、「私達は、良いことだけ言ってくれるよしのりさんが欲しかったんです」(『カナモリ日記』)などと言われ、決裂が決定的となる。なお、小林がHIV訴訟の代表川田龍平に対して、原告団や学生達が民青などの左翼活動家に利用されていることを問うと川田龍平は「知ってますよ」と答えた。小林にはそれが自分に対する悪意を見せたかのように感じられ、愕然としたという[4]。

小林は学生に範を示す意を持って会長を辞任したが実質的な解任であった。『ゴー宣』と『脱正義論』で自省と「運動の正義」への批判を行い、薬害エイズ運動を沈静化させる道を選んだ。「学生は運動をやめて日常に復帰せよ!」と、運動家に乗っ取られた薬害エイズ運動を批判した小林を、ボランティアの学生達、弁護士らは激しく抗議した。団体の広報誌では、小林よしのり批判の方が薬害エイズ批判よりも多くなってしまう状態となった反面、『ゴー宣』読者からは驚きと好意的な反応が帰ってきていた。小林はこの後、読者には「良き観客でいろ」と言い、その後の様々な活動でも読者に一定の距離を保つことを求め続け、現在に至っている。

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2008年12月31日 12:38に投稿されたエントリーのページです。

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